Forest Gump

毎日がエブリデイ

自主性・主体性について思うこと

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新居に引っ越してきて3日が経った。

思ったより元気にやれているので自分を褒めてあげたい。

やるべきこと(洗濯や買い物、各種手続き等)をちゃんとやれているので、本当に偉いと思う。

これちゃんとできない人も結構いると思うんだけど、どうやって生きているんだろう。僕が中学生だった頃、本当に何もできない子がクラスに何人かいた。障害を持っているとかそういうことではなく、根本的に何もできないのだ。

物静かと言えば聞こえはいいが、あれはおそらく何もしていないから勝手に物静かな子だと判断されていたように思う。人前で発言することが不得意で、同時に自分の意見をあまり持っていないような子のことだ。

クラスの5分の1ぐらいがそういった子だったような気がするんだけど、彼ら彼女らは今は元気でやっているんだろうか。まあ中学生時代の同級生なんて卒業してしまえば自然と疎遠になるものだが、それにしても音信不通になった人間もまあまあ多いように思う。

僕もどちらかと言えば流されやすい性格で、人に偉そうに言えた立場ではないのだけれど、今思うと僕の地元は異常だった。

そもそもクラスで発言するときぐらいしか主体性を求められないのだ。あとは文化祭の企画の時?(僕は高校を半年で辞めてしまったため、体育祭も文化祭もろくに経験していないので、中学時代の思い出を語ることしかできないのだ。トホホ。)

授業で手を上げるか否かが別れ道だったような気もする。主体性、もとい自主性を持って積極的に発言していた人間は、その後上位の高校に進み、大学もいいところに行ったと聞いた。

これはつまり自信の有無に関わっているようにも考えられる。自分に自信がある人間は、極地に追い込まれても何度でもやり直せる。

とは言っても僕も自信満々のパワフル人間ではなく、むしろその真逆だと言える。

先日、職場にて「キミは自分の後ろめたい部分をうまくぼかすように喋る。自信のない人間が取りがちな行動を知らず知らずのうちにしている。」とご指摘を受けてしまった。

これは全くその通りで、確かに僕は高校中退から大学に進学し、一発逆転を体現できたが、未だに自分に対してあまり自信がない。会社に勤めることになり、環境が変わり、周りの方々の都会風のイケてる雰囲気を目の前にして圧倒されていたのかもしれない。

「自分の中でコレというアイデンティティを持つことが一番重要だ。」とその上司の方はおっしゃった。地元の過去の友人も、僕も、足りていなかったのは自身のアイデンティティなのではないだろうか。

でも僕のアイデンティティとは何なのだろうか。上司曰くそれはファッションとして具現化したり、態度として具現化したり、姿勢として具現化したりするらしい。

また社長にはよく「猫背を直せ。」と指摘される。もしかしたら僕の足りてない部分、自信の無さは猫背という形で具現化しているのかもしれない。

猫背を直し、胸を張って歩くことを続けていれば、自然と自身のアイデンティティも形成されていくのではないだろうか。(ファッションは未だにわからないけれど...)

と考えた今日だった。